学校裏サイトなどの掲示板、プロフィールサイトを使った誹謗・中傷など、いわゆる「ネットいじめ」が深刻化しています。また、プロフィールサイトで個人情報を公開した子や出会い系サイトにアクセスした子が犯罪被害に巻き込まれる事例も後を絶ちません。
子どもたちの有害サイトへのアクセスを制限する方法としてフィルタリングサービスがありますが、それを利用するか否かは保護者の判断に委ねられています。ある調査によると、この1年間でフィルタリングを活用する保護者は急増していますが、それでも小中学校合わせて半数にも満たないというのが現状です。
「ケータイは人の言葉が自分のポケットの中にまで届く実感がある」という若者の言葉が新聞に掲載されていました。他者を誰も介さずに、相手が直接、自分の身体の中に入り込んでくるダイレクトな感覚は、他のメディアにはありません。ケータイはもはや、青少年にとって身体の器官のひとつになっているといってよいでしょう。人は自分の身体に入ってくる「異物」に敏感です。その「異物」に悪意があれば、取り返しのつかない精神的なダメージを受けることにもなるのです。
筑波大学大学院教授の土井隆義氏は著書『友だち地獄』のなかで、子どもたちが「(昔とは比較にならないほど)はるかに高度で繊細な気くばりを伴った人間関係を営んでいる」と指摘しています。「教室は たとえて言えば 地雷原」 これはある中学生が創作した川柳であります。クラスメイトから反感を買わないように、浮かないように、常に神経を張りつめていることが、学校生活に不可欠な技術として要求されている。ケータイをひと時も手放せない中高生が最も恐れるのは、お風呂の時間だそうです。入浴中は友だちから届いたメールに即レス、すなわちすぐに返信できないため、その友だちを避けている、あるいは軽んじていると思われてしまうのではないかと不安なのです。
土井教授はまた、いじめによって自殺に追い込まれた子が、屈辱的な仕打ちを受けながらも、いつも笑顔だった、としばしば言われることに注目しています。おそらく、いじめる友だちも、いじめを眺めている友だちも、みんな笑っていたのではないか、と。その、うわべだけとはいえ和やかな空気を自分が壊してしまうと、もっと嫌われる。その場の空気を読んでノリを合わせる必要があるわけです。まわりで眺めているクラスメイトも、それは同じです。
そうした、今日的ないじめの構造が、ケータイというツールを得てメールやインターネットの世界に拡散しているのではないかと考えています。
そこで、教育長に伺います。
子どもたちを「ネットいじめ」やインターネットを悪用した犯罪から守るためには、その危険性を子や親に教え、フィルタリングなどの対策を進めるとともに、児童・生徒が学校において友だちと直接向き合いながら良好な人間関係を築きあげられるよう指導を行っていく必要があると考えますが、所見を聞かせてください。
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