このたび、一冊の本を出版いたしました。
書名を『もったいない』といいます。ケニアの環境副大臣でノーベル平和賞を受賞されたワンガリ・マータイさんが、2005年2月に来日したとき、出会ったことば「もったいない」。マータイさんは、そのことばの意味を知って深く共鳴するとともに、地球環境を守っていくためには「もったいない」の精神を世界中に広めていくことだと、国連でスピーチまでしてくださいました。
「MOTTAINAI」という語感も、よかったのだと思います。他の国には同じ意味のことばが見当たらないそうです。
マータイさんは、日本から「勤勉さ」と「忍耐力」そして「もったいない」という三つの美徳を学んだと言ってくれました。しかし、今の日本人の生活に、果たして「もったいない」の精神は、息づいているのでしょうか。大量生産、大量消費、大量廃棄はどこかの大国の十八番だと思っていましたが、今や日本も負けていません。また、「もったいない」のはモノだけではありません。日本人の心の奥に流れ続けていた謙譲の美徳や、昔から引き継がれてきた伝統の技や様式、生活の知恵といったものも忘れ去られようとしています。マータイさんが思い起こさせてくれた「もったいない」を、私たちの生活のなかに発見しながら、その精神をなるべく多くの人にわかりやすく伝えたい。そんな思いを持って、この本を書き始めました。
9割がた文章も絵もそろったころ、共著者である吉野信吾プロデューサーと話をしているうちに「この本にマータイさん本人からメッセージをもらえないだろうか」という話になりました。マータイさんを日本に招聘し<もったいないキャンペーン>を展開している毎日新聞社や、「もったいない」ということばをマータイさんに伝えることを提案した高野博師環境副大臣に本書の概要を説明し、協力をお願いしました。その結果、「この内容なら」と、毎日新聞社が<もったいないキャンペーン>参加書籍として位置づけてくれました。もちろん、売り上げの一部をマータイさんの<グリーンベルト運動>に寄付することが条件です。ただ、マータイさんから新たにメッセージを寄せていただくことは時間的に難しかったため、彼女のスピーチの一部を掲載することについての許諾を、毎日新聞社を通じていただきました。
その、ワンガリ・マータイさんとは、いったいどんな人物なのか。
私が彼女を知ったのは、1篇の短編映画からでした。2002年8月末に南ア・ヨハネスブルクで開催された「環境開発サミット」の映画祭で、ある映画が上映されたというニュースによって、私はマータイさんという人を知りました。
「一人の人間が世界を変えていく」というサブタイトルの付いた、その映画『静かなる革命』には、インド、スロバキア、ケニアの地で地球環境を守るために立ち上がった人々の活動が収められており、そのひとりがマータイさんだったのです。この作品は、地球評議会がUNEP(国連環境計画)、UNDP(国連開発計画)の協力を得て制作したものですが、制作に必要なお金や人はSGI(創価学会インタナショナル)が提供しています。これまで日本を含むアジア、ヨーロッパなど55カ国・地域、23言語で放・上映され、いくつかの賞も受賞していると聞いています。NGOや教育者の間で、環境教育の教材としても活用されています。
マータイさんは1940年、ケニア山に近い農家の6人きょうだいの一人として生まれました。当時のアフリカで女子が教育を受けることは珍しいこと。毎日新聞(2005.2.23朝刊)の記事によれば、活発で利発なマータイさんを学校に生かせてくれるよう、長兄が両親を説得したのだそうです。そして1960年、ケニアは300人の留学生をアメリカに送りましたが、マータイさんもその一人に選ばれました。カンザス州の大学で生物学を修めた後、1971年にナイロビ大学で東アフリカの女性としては初の博士号を取得しています。
「ケニアの農村部の土地には生活のための資源がありませんでした。銀行がコーヒーなど換金作物の栽培を勧め、男性は銀行の口座を持った一方、女性は経済的な自由を失いました。自分の家で食べるための穀物を栽培することもできず、食糧問題も起こりました」
「グリーンベルト運動」は1977年にスタートしました。
「清潔な飲み水も不足していました。かつてケニアを支配していたイギリス政府は、森林に世界のいろいろな木を植えました。その結果、外来種ばかりとなり、森は多様性を失いました。雨は地下に流れず、地下水がなくなりました。
川が干上がり、生活地域まで水が届かない。雨は表土を流しました。森が水を蓄えられなくなったのです。
そこで、ある会合で植林を提案しました。植林により土地と表土を守り、土壌を安定させることができます。薪を集めたり、木材にすることもできます。しかし、農村部の女性は木の植え方を知りません。専門家に教わりましたが、専門的すぎて理解ができない。それなら、自分たちで考えて実行しよう、と。試行錯誤を繰り返しながら、彼女たちが専門家になっていったのです」
農村女性に植樹を通した社会参加を呼びかけた「グリーンベルト運動」には、延べ8万人が参加。植樹した苗木は約3000万本に上ります。
「熱帯では、木の生長が早い。伐採して家を建てる人も出てきて、多くの人が木を植えたくなりました。小さな人数で始めたことが全国的な運動に育ちました。私たちはそれを『グリーンベルト運動』と呼びました。並木のように木が並び、緑のベルトのようになりました。そして、活動が普及するにつれ、組織化が求められるようになりました」
ところが、当時のモイ独裁政権は、9人以上の集会を持つと、反政府活動とみなしました。植林活動を女性の地位向上や民主化につなげようとする姿勢はモイ前大統領の弾圧の対象となり、水力発電所の工事で建設地上流の森林伐採に反対して逮捕されました。逮捕、投獄はそのときばかりではありませんし、植林中に殴られて怪我をしたときもあるそうです。
「政府は私たちに恐怖を植え付けようとしました。恐怖は人間をコントロールする強力な道具です。しかし、自分がやりとげなければならないビジョンが分かっていれば、その恐怖は乗り越えられるのです」
マータイさんは’97年に大統領選に立候補。モイ政権が倒れた’02年の国会議員選挙で当選し、環境副大臣に就任しました。そして、環境保護と民主化への取り組みの功績が評価され、昨年12月にノーベル平和賞を受賞したのです。
(以上、マータイさんの経歴や発言等については毎日新聞の記事※から引用一部再構成しました)※’05.2.15朝刊、’05.2.23朝刊、’05.3.10朝刊
『もったいない』の本を開くと、マータイさんのスピーチに続いて出てくるページは、「ごはんは最後の一粒まで、ありがたくいただく」がテーマになっています。これを一番に持ってくることについては、プロデューサーの吉野さんがこだわりました。ちょっと当たり前すぎないか、とも思いましたが、こんなことさえ忘れ去られている日本の現実を前に、私も同意したのです。
レストランなどのバイキング、今は気取ってブッフェなんていいますが、取りすぎて食べきれなかった、なんていうことはありませんか。私なんかも浅ましいものですから、かに食べ放題なんていったら山盛りに取ってきて、食べ方もぞんざいになってしまいます。あげくに残してしまう人が多いのですが、レストラン側としても、足りなくなってクレームが出てしまっては大変ですから、多めにつくります。そして、大量の“廃棄”が生じてしまうのです。何とも“もったいない”話です。
そんな、いくつもの“もったいない”を日常のなかに探し、集めたのが、この本です。ぜひ、皆さんも身の回りの“もったいない”を発見してみませんか。
これから、このサイトでは「もったいない」について、さまざまな観点から考えていきたいと思います。ぜひ、ご意見ご感想をお寄せください。