政令市は暮らしやすいか。

(2007年2月)
 神奈川県の松沢知事は、2月15日の県議会本会議での所信表明演説のなかで、相模原市が2010年までに政令指定都市への移行を目指すことについて、県としても支援・協力をしていくことを表明しました。横浜・川崎という大きな政令市を擁し、県の存在理由や権能についてさまざまな議論がある神奈川県ですが、知事の視線は将来の「道州制」に飛んでいるせいか県と政令市の関係などすでに眼中にないというような反応です。
 政令市になれば都道府県から多くの権限が移譲されます(もちろん、それに伴う財源も)。いわば、県から「独立」して独自の施策を展開することができるわけです。地方自治法上の政令市は「政令で指定する人口50万人以上の市」ですが、実際には「人口100万人以上か、80万人以上で近いうちに100万人を超える見込がある」ことが要件でした。しかし、大規模合併を促進したい総務省が「大規模合併の場合は人口要件を緩和する」ことを打ち出したため、これを受けて、一昨年は静岡市が、昨年は堺市が政令市の仲間入りを果たしました。一般的に、政令市になれば行政効率も上がり、結果として市民サービスが向上する、とされていますが、実際にメリットはあるのでしょうか。
 横浜市は人口360万人。旭区は横浜市に18ある「区」のひとつで、人口は約25万人です。これだけで特例市に匹敵する人口ですが、この「区」は東京23区のように独立した自治体ではありません。関内の横浜市役所が本店だとすれば、旭区役所はその支店のようなものです。市の政策は本店が決め、支店が自ら決済できるのは、年間1億2000万円ほどの「区づくり推進費」だけ。しかし、なんといっても日本最大の政令市、横浜です。そのなかにいるメリットは大きいはず。寄らば大樹の陰、と言いますしね。
 神奈川県下で旭区と同じぐらいの人口を擁する自治体を探してみると、ありました。平塚市、人口約26万人。人口360万人の横浜市の財政規模は、一般会計・特別会計・公営企業会計を合わせて約3兆3982億円。単純な比例配分で旭区25万人分を割り出すと、約2350億円となります。一方の平塚市は、一般会計・特別会計・病院事業会計を合わせて約1723億円です。平塚市民一人当たりの歳出額は、旭区民の約7割。その平塚市は定数30人の市議会を持ち、自前で政策決定しています。市民センターには1400席のホール。博物館や美術館もあります。図書館は蔵書34万冊の中央図書館のほか、北(同9万冊)、西(同14万冊)、南(同12万冊)が市内にバランスよく配置されています。小児医療費助成は、すでに小学校入学前まで(所得制限あり)。もっとも、県からの補助率も政令市と比べ高くなっていますが。
 一方、旭区も旭図書館のほか5ヶ所の地区センターと1ヶ所のコミュニティハウスに図書を備えています。横浜市には西区老松(野毛山)に大規模な中央図書館がありますし、その他にも、大都市に相応しい立派な施設をたくさん持っていますが、そのほとんどは市の中心部まで足を運ばなければ利用することができません。中心部は大都市らしい貌(かお)を持つ横浜市ですが、郊外には漫然と住宅地が広がるだけで、はっきりとした地域の核がありません。高齢社会に求められるのは、狭いエリアにさまざまな都市機能が凝縮されたコンパクトなまちづくりです。過大規模化した現在の横浜市のかたちは、その思想に逆行するものではないかと思うのです。
 同じ政令市でも、70万人〜100万人台ならともかく、360万人は、いかにも大きすぎます。大男総身に知恵が回りかね……今、横浜で暮らしていると、そんな言葉を思い起こしてしまうのです。あくまで私見ですが、暮らしやすさを追求すれば、現在の18区を統合・再編し、適正な規模の自治体=自立した市・特別区とすることを考えるべき時が来ていると感じます。
 都(みやこ)=政治的機能、市(市)=暮らしの場としての機能。この二つを併せ持ってはじめて「都市」になる、という話を聞いたことがあります。すなわち、都市は効率よく地域を統治するためだけではなく、幸福な市民生活のための装置でもあるわけです。どれぐらいの規模が装置として適正なのか、大いに議論を起こしていきたいと思います。